花もて語れ 8
漫画:片山ユキヲ,朗読協力・朗読原案:東百道
震えよ止まれ、私の身体。
恐れよ止まれ、私の心。
伝えたい気持ちが強ければ、
怖がっているヒマなどないはずだ!
私は今、ここにいる。
伝えるためにここにいる!
私は今、この物語。
「王様のブランチ」で絶賛され、「このマンガがすごい!2012オトコ編」18位、「俺マン2011」10位を獲得。
私が勝手に選ぶ「この漫画が素敵」でも、2011上半期1位 、下半期4位 、2012上半期2位 、そして俺マン2012にも選出。
年齢性別問わずあらゆる人に心からお薦めしたい、「朗読」をテーマにした作品です。
この8巻は、店頭で手に取って見た時から感じ入る物がありました。
7巻までの表紙は、割と色彩豊かで柔和な雰囲気の物が多いです。
しかし、今巻はその中で一際異彩を放っています。
真っ白な世界に、意志を宿した瞳で朗読する凛としたハナの姿。
前巻からの展開からすれば、もうこれだけで胸に込み上げて来るものがあります。
帯の「漫画表現の到達点がココにある!」という言葉も、強ち誇張ではありません。
コミックナタリーさんで特集された記事にある通り、技術的にも非常に新しい試みで描かれています。
http://natalie.mu/comic/pp/hanamotekatare
しかし、それに留まらず、『花もて語れ』は音声である「朗読」をどこまで漫画で表現できるのかという新しい地平を切り拓いています。
更には、物語という物がそもそもどういうものなのか、どういう態度で接するべきものなのか、そういった真理にまで肉薄して行きます。
そして、それらは細切れになる事もなく、自然と『花もて語れ』の中の物語と溶け合い、登場人物達の熱い思いと重なって、私の魂に重い衝撃や熱を与えてくれます。
待ちに待ったこの8巻(とはいえ、週刊化した事で非常に早いペースで読めて大変嬉しいのですが)。
帰るまで待てず、電車を待つ間にページを開きました。
が、3ページ読んで閉じてしまいました。
電車が来たからではありません。
最初の3ページだけで、もう目頭が熱くなってしまったからです。
やはり『花もて語れ』を読む時は、誰にも邪魔されず自由で、何というか救われていなければなりません。
静かで、豊かで……
という訳で、帰宅し落ち着いて精読。
読み終えた時、心の底から感情が浄化されるのを感じました。
本当に、本当に『花もて語れ』は素晴らしいですね。
第二部の朗読会編。
ハナと満里子は、お互いに宮沢賢治を読むことに。
そして、前巻では満里子さんが入魂の「おきなぐさ」の朗読を披露。
それを受けて、それぞれの生い立ちや折口先生のことなど、様々な複雑な想いを孕んだまま壇上に立つハナ。
しかし、かつてないスランプに陥っていたハナ。
果たして、この状況下でハナはどんな「注文の多い料理店」を朗読してみせるのか――

壇上で震えるハナ。
またミスしてしまうのではないか。
また人に迷惑を掛けてしまうのではないか。
そう思い悩み、一人涙に読み本を濡らす彼女の自己評価の低さに、弱い人間である私は痛く共感してしまいます。

きっと伝わる
伝えたい気持ちがあれば
これは、1巻の最初にハナが折口先生に言われた言葉にして、ハナの最初の朗読の切っ掛けとなった大事な言葉。
それが、今この満里子さんとの関係に於いてもとても重い意味を持っています。
そして、決意して全身全霊の朗読を始めるハナ。

伝えたい想いは、今、確かにある。
想いの花を心に持ち、想いを込めて物語を語る。
それがあるなら私の心の氷は溶けるはず。
砕けろ!!!
今こそ砕けろ私の氷。
溶かせる熱はここにある!
絵柄は可愛らしい今作ですが、ここぞという時の迫力は凄まじいものがあります。
そして、ここに来てタイトルを持って来る熱く心憎い演出。
「花もて語」る真のハナの、最高の「注文の多い料理店」。
前巻を読み終えてから、私はとても気になっていました。
「おきなぐさ」に込められた意外な重みのあるメッセージに対し、シニカルで風刺的な印象の強かった「注文の多い料理店」でどのような返歌と為すのだろうかと、
しかし、読んで芯から納得しました。

ああ、「注文の多い料理店」は、こんなにも愛するものへの敬意と誇りを持って描かれた物語であったのですね……!
これならば、ハナが受け取った想いを返すのに十分です。
その真意は、是非読んで確かめて頂きたい所です。
勿論、この解釈が全て無条件で正しいという訳ではないでしょうけれど、賢治のスタイルや生前出版作、広告文などから考察し、導き出されたこの答はとても整合性があり、美しいと感じました。
そして、この考えは他の作品に照らし合わせて考えても何ら矛盾せず、すとんと腑に落ちていきます。
そして、構造的には二重の白日夢であり、賢治も内部で見ていたという解釈にも膝を打ちました。
細かい部分に、賢治の技巧が凝らされている事に改めて感心します。
折口先生ときなり先生の逐一入る丁寧な解説には、成る程と思わされます。
平面上に印刷された文字が、ここまで立体的な質感を伴って浮かび現れて来る感覚。
それを漫画で表現しているのが本当に凄いです。
クライマックスの60話は、読んでいて終始目頭が熱くなっていました。
残された者には遺された戦いがあり、死ぬまでは続く願いがある。
震えながらも戦い、願いを全うしようとするハナの姿の何と気高く美しい事でしょう。
願いと祈りが、胸にある。
私は愛する人とともにある。
私は私の大事な人で出来ている。
たとえそれが私の夢でも、私はそれを、直さない。
私は今、この物語!
これら一言一言に、涙が滲んできました。
そして最後の、伝える事が苦手なハナの、全力の「伝えたい気持ち」を集約したあのページ。
開いた瞬間に、私は安心と感動と期待が果たされた気持ちで胸が一杯になり、涙も堰を切りました。
こんなに清々しい涙をいつも流させてくれる作品は本当に稀有です。
巻末で片山先生が語られていた通り、イーハトーヴである岩手は被災地でもあります。
自然と共にあり、因果交流電灯の青い照明である賢治の、そして私達の自然への向き合い方といったテーマも強く感じられました。
生きていると出会う様々な不都合。
それでも、遺された者達は生きている限りそれらに向き合い、願いと祈りを持って戦う。
辛く悲しい事に当たった時の人間のあるべき形も、『花もて語れ』では優しい筆致で励ますように描かれている。
私はそう思いました。
単純に物語として面白く、突き抜けた漫画表現の粋を堪能でき、物語の本質に迫り、宮沢賢治作品の解釈を学べる。
何よりも、強く温かい気持ちを貰える。
何て凄い作品でしょう。
心から大推薦したい傑作。
どうかこの作品だけは読んでみて欲しいという位に、切実に広く読まれて欲しいです。
宮沢賢治読解本としても十二分に価値がありますし、全国の学校や図書館に置かれて然るべきだと思います。
片山ユキヲ先生、このような素敵な物語を本当に本当に有難うございます。
90点。