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Channel: マンガソムリエ兎来栄寿のブログ 先刻の箚記(さっきのさっき)
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夜とコンクリート

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夜とコンクリート
町田洋


俺のあの気持ちは
あの時代の俺の真実だった



自身のWebサイトで公開していた作品を電脳マヴォの竹熊健太郎さんに見初められ、祥伝社から描き下ろし単行本『惑星9の休日』でデビュー。
ディープな漫画読みの間では大いに話題となり、俺マン2013では46票も集めて5位に。

そして、現在開催中の文化庁メディア芸術祭で、今巻収録の「夏休みの町」が新人賞を受賞。

今作は、その「夏休みの町」を含め、電脳マヴォで公開されていた3篇の短編に、8頁の描き下ろし「発泡酒」を加えた短編集です。



私が俺マン2013に数えた、最高に好きな「青いサイダー」に関しては、最初竹熊さんがWebに「青いサイダー」だけを残すことを町田先生に提案したそうです。

しかし、提案とは真逆に、先生は「青いサイダー」のみを外すことを要望したのだとか。

それはつまり、他の2篇を既読の状態であっても、「青いサイダー」さえ読んで貰えれば満足して貰えるだろうという、絶対の自信の顕れ。


事実、「青いサイダー」は本当に素晴らしいので、私はその話を聞いて「そうでしょうとも!」と高らかに声を上げたくなりました。


電脳マヴォで読める二作品については百聞は一見に如かず、ということで。
私も特に「夏休みの町」は大好きです。

しかし、それ以上に大好き過ぎる「青いサイダー」について、ちょっと語って行きましょう。


私は公開当初に4回読んで、4回目に泣きました。

味わえば味わうほど、心に降り積もって来る物語です。


そして、それを描く線がまた類を見ません。


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全てがペイントの直線ツールででも描かれたかのような絵・オノマトペ。

沢山の漫画に触れている私ですが、他にこんな作品は殆ど見たことがありません。

衝撃的とも言える表現でした。


何故、直線なのでしょうか。

考えた結果、私が思った事。

直線とは、そもそも何か?

それは、真っ直ぐな線。

線とは何か?

それは、点と点との繋がり。

その最短距離での繋がり。

つまり、一つ一つの描線自体が、人と人との繋がりのメタファーになっているのではないか、と。

これは単なる牽強付会の想像に過ぎませんけれど。



サイダーの色は何色? と大人に訊けば普通は「無色透明」と答えられるでしょう。

しかし、子供の頃の、子供のままでいたかったあの頃の私達のサイダーは、間違いなく青かった筈。

そんな、青いサイダーに心踊らせた幼き日々、行動範囲は狭くとも、お金の自由はなくとも、世界が無限だった在りし日々の淡い慕情。


その味を記憶にしまいながら、やがて「僕」は「私」へと成って行きます。

そうして「私」と成った「私達」は、今や世界と折り合いを付けて、大人として日常を生きています。


しかし、ある日突然出会ったこの「青いサイダー」を読むことで、想い出の深層に埋没していたあの日の青いサイダーを、まるでタイムカプセルのように発掘し、そこに秘められていた淡い味わいを慈しむように想起し、愛しくも切ない名状し難い感情に駆られずにはいられなくなります。


そんな扇情的な物語によって描かれるのは、優しい幻想が繋ぐ儚く切ない玉響の絆。

一つの共通の境遇が齎した、温かな戯れ。


サイダーは、漢字では原義を汲んで「苹果酒」と書きます。

苹果は、宮沢賢治の作品や『輪るピングドラム』で象徴的に登場する果実。

そこでは、苹果は心臓であり、命であり、また愛でもありました。


青い、未成熟な、しかし誰にも等しくある不完全な様態。

様々なことが原因となり、そこから脱せない人もいます。

脱しようとしても、他の人は教わっている脱し方を教わっていない人もいます。

自分の力だけでは生きて行くのが難しい世界。

そこで手を差し伸べてくれる人の存在は何物にも代え難く、そしてその行為こそは愛と呼ばれるもの。

たとえ、それが須臾の気紛れに過ぎなかったとしても、その想いと行いがあった限りは相違ありません。


そう、だから私はこの「青いサイダー」も、ある面に於いては愛の物語でもあると思うのです。

愛を受け取った「私」は、未来においてきっと誰かに愛を輪して行くことでしょう。

それは、この世界の中で最も美しく尊い希望の形です。

辛苦と悲哀に塗れた現実の中で、輝き続ける星の光です。


そして、そんな愛を受けて成長する「私」の物語。

自分の中にある真実と共に、世界の中で一人立ち行く強さを獲得する物語。


あの頃飲んだ青いサイダーの味と共に、自分がかつて受けた愛と、歩んで来た道を思い出させてくれる物語。


最高です。


一人の漫画読みとして、この作品の公開当初に出会えた事は本当に幸せでした。



ニューウェーブ系と言われる作風に分類されると思うので、万人向けとは言いません。

しかし、私は本当に本当に大好きです。

今後の町田先生の活動にも破格の期待を募らせます。



85点。


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