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Channel: マンガソムリエ兎来栄寿のブログ 先刻の箚記(さっきのさっき)
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バックステージ

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バックステージ
ナカタニD

小学館ビッグコミックスオリジナル

損得抜きで誰かの役に立てることが、
ホントは気持ちのいいことだって…
おまえもちゃんと知ってるのさ。



優れた能力を、裏方に全力で投じる。
人から見たら何でそんな所に? と滑稽に思われることでも、人は人の役に立つことで幸せになり笑顔になれるものだよなぁ、と今作を読んでしみじみ思いました。
心から笑える瞬間を持ち困った時に思い遣り助けてくれる人が増えることと、金銭や社会的な名誉、果たしてどちらを優先するべきでしょうか。


リストラされた銀行員の主人公・谷口温(たにぐちのどか)。
妻に離婚届も突き付けられる彼は、表向きは営業で培ったスマイルを見せ続けるものの、内心は人生のつまらなさに心から笑顔になれる瞬間を持てないでいた。


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そんな温が、とある劇団の制作に全くの素人ながら携わるようになって行くお話。


どう見ても劇団バズ・セッション主宰の近藤ジンが、片桐仁さんにしか見えないのですが(笑)作者と何か繋がりがあるのでしょうかね。

劇団という、独特な構造で成り立っている世界を描いたこの物語。
制作というのは、ステージ上で行われること以外全てを担当する仕事で、正にタイトル通り「バックステージ」の仕事です。
しかし、仕事と言っても給料が払われる訳でも無く、同期の人間には「あんな学生みたいな連中に便利屋扱いされて…! それが40過ぎた男のシゴトかよっ!!」と言われてしまう温。

それでも、持ち前の人柄の良さと経験により

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銀行員としてのノウハウを生かしながら、大赤字の劇団の経営を温が正して行く様は、有川浩さんの小説『シアター』にも非常に通ずる物があります。

劇団の世界は、劇団員の持ち出し、誰かの献身と犠牲によって捧げられる時間とお金と手間暇によって支えられているのが普通です。
その一方で舞台監督には25万円ものギャラを出さねばならないなど、劇団員には常識であっても、一般人から見たらそれってどうなのと思わざるを得ない面も描かれます。
声優や事務所所属のタレント、バイトで口に糊する者など、劇団に所属するキャラクターの構成も『シアター』近しいです。

全ての劇団にとっての不幸は谷口さんのような人が現実には現れないこと。
銀行員としてもバリバリ有能だった人がお金も取らずに制作をやってくれる、そんな夢のようなお話はありません。
今作に登場するキャラクター達も、それぞれ自分の仕事や年齢などに悩みを抱えながら、それでも劇団での活動に力を入れます。
自身の生活や人生を切り売りしている人も少なくない中、人間関係含め問題が生じない筈もない世界ですが、そんな様子にも私はしみじみとした感情になりながら共感を覚えるのです。
谷口さんが一劇団に一人居てくれれば、世界は少し平和になるんですけどね……

それでも確実に言えることは、演技というものは北島マヤを引き合いに出すまでもなく、ある一定の人を虜にする魔性があるということです。
演じるという行為その物だけでもこれ以上ないほど楽しく、それによって得られるリアクションにも麻薬的快楽がある。
だからこそ、金銭面など度外視でその道を歩む人がいつの世も尽きない訳です。
本気でそれを目指し続けられる人は一握りで、多くの人は一度は強く憧れながらも届かず挫折を味わい、それでも惰性で続けてしまうという側面もありますが、それも含めて魔力を持っています。


そして、主人公の葛藤にも感じ入る部分が多いです。

人には目標というものが必要だ――
銀行マン時代、幾度となく上司に言われたものだ。

と、頑張る劇団員達を見ながら回想する温。
しかし、当時上司に呈示されたノルマという目標と、彼らが自身の為に邁進する姿は全く違うものであると温は実感する。


彼らは日に日に上達し……
熱気を増し……目を輝かせている。
きっと本来、目標とはこういうものなんだ。


無償で彼らに尽くす温ですが、形としては何も受け取っていなくとも、それ以外の部分で金銭に替えられない希少な物を手に入れられているのだ、と。
物語を読み終えた後の、裏表紙の余韻が心地良いです。


一巻完結の、クオリティの高いドラマ。
劇団や芝居に造詣が深い人、裏方で頑張り続ける人、またそうでない人にも、何かしら感じる部分のある作品であろうと思います。


75点。

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