Quantcast
Channel: マンガソムリエ兎来栄寿のブログ 先刻の箚記(さっきのさっき)
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1280

少年ノート5巻

$
0
0


少年ノート
鎌谷悠希

世界を知ると
世界が変わるぞ


既巻紹介 1-2巻80点 3巻75点 4巻80点


合唱をテーマに、思春期の少年少女達のデリケートな感情を豊かな表現力で描く群像劇です。
私の中で今かなり推している作品の一つであり、今巻もとても楽しみにしていました。

そして、今回もとても素晴らしかったです!


全国への足掛かりとなる、県代表の合唱コンクールを目前に控えたゆたか達。
しかし、アルトの知也がブレスに苦戦しあと一歩の所で完成に及ばない。

photo:02

そんな知也は、家庭の事情を抱えていた――

相変わらず、心理描写の表現方法が斬新で大胆です。
しかし、それに違和感を持つことなく普通に読み進められるのが鎌谷先生の力量でしょう。
中学生ともなれば、誰でも様々な悩みを持つものですが、部員一人一人のそういった問題が丁寧に扱われ、エピソードを通して全員に更に愛着が湧いてきます(特に深く描写された訳ではないですが、単行本おまけ頁で紹介された黒髪ロングで性格も良さげな古城アキラさんは今後より一層応援・注目して行きたいです)。


そんな悩める部員たちへ助け舟を出してくれたのは、帰国したゆたかの兄・みのる。

photo:01

世界中を旅してきたゆたかは、何故かオネエ言葉で話し、メレンゲを携える不思議キャラ。
ゆたかに歌を教えた人物であり、そして彼もまた色々と複雑なものを抱えています。
飄々としながらも、兄らしい頼りになる面を見せてくれる美味しい役回りですね。

しかし、「あったのにないみたいな切なさが面白いでしょう」と云われるメレンゲは、その儚さがソプラノボイスと同質の存在。
世界観にあった良い小道具です。


ゆたか達がコンクールに向けて奮戦する一方で、神童であるロシアのウラジミール・ポポフ君もまた自らの声を脅かされるとある事態に苦悩していた。
声が命そのものであるポポフは、半ば自暴自棄に。

それに対し、マネージャーであり実の叔父でもあるアナトリーは何とか彼を駆り立てようとする。
その時の比喩表現が印象的です。

photo:03
今という時間はただの小麦の粉だ
小麦がどれほど気に入らなくても
それをこねて「人生」というパンを焼くしかない
「今」が全てかのように執着していては
パンは永遠に完成しないぞ
焼くしかないんだよウラジミール
自分が美味しく食べるために



自分が少年だった時代の気持ちを忘れてしまったアナトリーは、何とかウラジミールの事を理解してやろうとする。
そんな時、娘と一緒にウラジミールの歌う映像を改めて観て、アナトリーは悟る。

その時の見開きページ前後の表現が余りに圧巻です。

photo:04
命を研ぎ澄ましてきた歌声の重さ
それを「理解してやろう」なんて強欲だ


言葉では伝わらない物まで涙を流す程に伝わってしまう、そんな歌もあるでしょう。
私が一番好きなバンド「X」のYOSHIKI氏が用いた「瞬間の美学」という言葉を思い出しました。
その瞬間の為ならば全人生を賭しても構わないと思える最高の時。
その時が遠ざかる不安、その時にもう至れないと知った時の絶望は計り知れません。
正に生きる価値を失う事と同義です。
醜い心の暴走をとめられないポポフ君の気持ちもよく解ります。

しかし、往々にして人生は最高の時を経てからも続いていく物。
そこで、残った小麦でどうパンを焼いていくのか。
それを示してくれる人の格好良さ。
更に、小麦を使ってパン以外にも美味しい物を作れるのだと示してくれる人の尊さ、ですね。

この巻最後の見開きが、また大変に心に沁みたのでした。

表紙は単体で素敵なデザインセンスなのですが、本編を読んでから見直すとまた唸ります。


安心して老若男女問わずお薦めできる、素晴らしい作品です。


80点。

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1280

Trending Articles