
草子ブックガイド
玉川重機
本は人と人を
不思議な縁で結ぶ
既巻紹介 1巻80点
個人的に一推しの作品であり、2月に刊行された中では昨日紹介した「花もて語れ」と並ぶ双璧です。
こんなに素晴らしい作品は、なかなかお目にかかることができません。
そして、この二作品は共に私の「俺マン2011」に選出した作品でもあり、その内容や魅力に相通ずる所のある作品です。
この二作品の発売日が近かった事は運命的なものを感じます。
「花もて語れ」は朗読を、「草子ブックガイド」は読書をテーマにした作品ですが、どちらの作品も主人公が実在する物語を介して人との繋がりを持ち、成長して行くお話になっています。
その中で、物語を楽しむことの面白さ・素晴らしさが、類稀なる豊かな表現力を以って謳い上げられています。
この二作品を読むと、触れられている作品で既に読んだ物には「そんな風な読み方もできるのか」と眼から鱗が落ちる想いで感心しますし、一方で読んでない物は「読んでみたい!」と思わされます。
ただ、この二作品の決定的に異なる点といえば刊行ペース。
「花もて語れ」は今や週刊連載となり三ヶ月に一度は新巻を読めますが、「草子ブックガイド」の方は不定期連載であり、この第二巻が実に約一年半ぶりの新巻となります。
それだけに、本当に本当にこの二巻を心待ちにしておりました。
そして、大きな期待をもって「5冊め 老人と海」を読み始めました。
読了した時の、至高の絶佳を口にしたような恍惚と陶酔を何と表現したものでしょうか。

ブックガイドによって示される広漠な物語世界の幾千万の光景。
草子や彼女を取り巻く人々の真っ直ぐに深く刺さる言の葉。
本を介した人と人との絆の暖かさ。
それらが胸の中に舞い降り浸透して行く心地良さは、極まりありません。
この感覚こそが漫画を読む悦びであり、物語を賞翫する悦び其の物でもあるとすら思います。
余りの充足感とお話の余韻に、一気に読むことに勿体なさを感じて、一日に一話ずつゆっくりゆくり大事に精読して来ました。
今巻扱われるのは、『山椒魚』『バベルの図書館』『銀河鉄道の夜』『夏への扉』『月と六ペンス』『飛ぶ教室』。
これだけで心躍ってしまうような名作ばかりです。
本当に一話一話が、どこまでも優しく心に沁み渡って来ます。

本にまつわる様々な薀蓄も、情報量たっぷりに語られます。
名作『夏への扉』は、2009年の新訳版が扱われ、その背景事情も読みつつ知ることができます。。
ただでさえ気持の良いお話である『夏への扉』が、草子の瑞々しい感性によって語られた時。
最後の一ページがそれを凝縮したかのようで、本当に清々しい気持ちになれました。
常に多くの不安を抱えながらも、「夏への扉」に草子が向かおうとする構図が本当に美しいです。
又、草子の事を疎ましく思っている図書委員の磯貝さんとのエピソード。
『バベルの図書館』『銀河鉄道の夜』という、幽玄なる宇宙を描いた二つの作品のブックガイドを通じて交流を始めて行く姿が印象的ですね。
カンパネルラの云った「ほんとうのさいわい」とは何なのか。
それぞれが持つ、固有の心という名前の宇宙。
無限で、それしかないように思える自らの宇宙の外に、別の宇宙があることを認めて歩み寄ることができたなら、それは「ほんとうのさいわい」への第一歩なのかもしれない。
そんな事を語らいながら、あたかもジョバンニとカンパネルラのように、青梅線の誰もいない電車の中で寄り添って『銀河鉄道の夜』のブックガイドと本編を諳んじるシーンが好きです。
この『銀河鉄道の夜』の後のたこ焼きのエピソードにも感じ入ります。
正に宇宙が融け合った事で生じた「ほんとうのさいわい」の片鱗がそこにあります。
うちの近所にも3個100円のたこ焼き屋さんが欲しいなぁ、と。
スクリーントーンを用いない、ペンでひたすらに描き込んだ絵も特徴的な今作ですが、大ゴマや見開きがここぞというシーンで使われ、これがまたとても素敵で魅了されます。
「6冊め 山椒魚」の中の見開きによるイメージは、今巻でも特に好きな部分の一つです。
閉じ込められた世界だからこそ
何でもない風景の本当の美しさがわかる気がします
暗がりの闇の中だからこそ
こんなにも光を愛しく思えてしまいます
さわれないからこそ
世界にふれる事に憧れてしまいます
人をいとおしく思えてしまいます
絵の美しさと共に、草子の逆説的な観想が一台詞一台詞、波濤のように押し寄せてきます。
相変わらずダメ人間な草子の父親の有り様には、黒澤明監督の「生きる」を想起させられました。
反省し、改心しても再び過ちを繰り返すのが人間という生き物。
それを踏まえた上での『10冊め 月と六ペンス』にまた感嘆します。
物を創る者の業。何でもない風景の本当の美しさがわかる気がします
暗がりの闇の中だからこそ
こんなにも光を愛しく思えてしまいます
さわれないからこそ
世界にふれる事に憧れてしまいます
人をいとおしく思えてしまいます
絵の美しさと共に、草子の逆説的な観想が一台詞一台詞、波濤のように押し寄せてきます。
相変わらずダメ人間な草子の父親の有り様には、黒澤明監督の「生きる」を想起させられました。
反省し、改心しても再び過ちを繰り返すのが人間という生き物。
それを踏まえた上での『10冊め 月と六ペンス』にまた感嘆します。
家族を捨ててまでして届きたい「宇宙の魂」の件は、色々と考えさせられるものがあります。
様々な苦労を掛けられた草子が、最後に父親に放つ言葉は必見と言えましょう。
草子らしい、情緒に溢れた名台詞です。
或いは綺麗事と一笑に付されるのかもしれません。
しかし、私にとってはこの上なく愛しい綺麗事です。
一話一話どれを取っても語り甲斐があり過ぎてまだまだ表層しか触れられていない感がありますが、深層部分は実際にお手に取って確かめて頂ければと思います。
読書が好きな方には勿論、嫌いな方にも本の楽しみ方を教えてくれるという意味でお薦めしたい一冊。
本を読むことの魅力を、人と人との繋がりの温かさと共に伝えてくれる、素晴らしい書です。
85点。